温度の上昇とともに体積が大きくなる「熱膨張」は、固体材料にとっての避けがたい現象である。我々は、機器やシステムを構築する際、材料は熱膨張するものだとして設計している。しかしながら、高度に産業技術が発達した現代においては、一般的な感覚からすればわずかな、線歪にして10^-6程度の形状変化である熱膨張ですら、決して放置できない、深刻な問題を生み出す。そのため、これまでに様々な熱膨張制御法が考案されてきた。しかしながら、熱膨張が固体材料の普遍的な性質であるがゆえに、その制御は常にやっかいな問題であり続けている。技術の進歩によりその要求はますます高くなってきており、常に新しい制御法の考案が求められていると言っても過言ではない。
本書は、その難題である熱膨張制御に対して、材料機能の観点から答えようするものである。とりわけ、熱膨張制御の核になる「温めると縮む」負熱膨張材料に関しては、この10年に著しく研究が進展し、熱膨張制御技術に対してパラダイムシフトをもたらしつつある。本書はその成果を受けて編集された。第1編「総説」では、熱膨張制御の問題を考える上で基礎となる、無機および有機材料の熱膨張機構や、金属や樹脂を基材とした複合材料の基礎を解説した。続く第2編「負熱膨張材料とその機構」では、熱膨張抑制剤としての役割を果たす負熱膨張材料について、最新の成果も取り込んで、負熱膨張の機構ごとに解説した。第3編「熱膨張制御材料」では、主として市販されている材料について、開発の経緯や機能を解説した。そして第4編「熱膨張制御の実例」では熱膨張制御方法の具体例を解説した。
材料ならびに材料機能に特化しているがゆえに、本書は熱膨張の評価方法等については触れていない。また、熱膨張制御法については、実に多岐にわたっており、それらを全て網羅することを本書は目的としていない。そのため、第4編については、一部の代表的な事例に限定したものとなっている。その分、材料、とりわけ負熱膨張材料については、背景となる物理機構から詳しく解説している。技術が短期間に長足の進歩を遂げる現代にあって、書籍もともすれば短期間のうちに「時代遅れ」ともなりかねないが、上記のような構成をとることで、本書は「息の長い」ものになることを目指した。熱膨張制御に関連して課題が出てきたときに紐解くと、その中に解決の糸口がある、そんな書籍になればと願う。本書が読者の皆様の課題解決に少しでもお役に立てれば幸いである。
本書は言うまでもなく、各章の優れた解説があってはじめて成り立つものである。ご多忙の折、貴重な時間を割いてご執筆いただいた全ての著者の皆様に厚く御礼申し上げる。
名古屋大学 竹中康司
(「はじめに」より一部抜粋)
【第1編 総説】
第1章 無機材料の熱膨張と負熱膨張材料
1 低熱膨張セラミックス
1.1 コージェライト
1.2 結晶化ガラス
2 負熱膨張セラミックス
2.1 タングステン酸ジルコニウムと関連化合物
2.2 マンガン窒化物逆ペロブスカイト
第2章 有機材料の熱膨張機構とその制御
1 はじめに
2 熱膨張機構
2. 1 固体(結晶,ガラス)
2. 2 液体(+気体)
2. 3 有機高分子
3 高分子における熱膨張係数の制御(低減)
3. 1 自由体積の膨張の抑制
3. 2 ゴムのエントロピー弾性による収縮力
3. 3 高分子の配向
4 おわりに
第3章 炭素繊維FRP
第4章 金属/セラミックス複合材料
1 はじめに
2 金属/セラミックス複合材料の用途展開
2. 1 金属を母相とする場合
2. 2 セラミックスを母相とする場合
3 複合材料の特性値予測
3. 1 複合則
3. 2 弾性率の予測
3. 3 熱膨張率の予測
3. 4 熱伝導率の予測
4 複合材料の製造方法
4. 1 溶湯撹拌法
4. 2 粉末冶金法
4. 3 燃焼合成法
4. 4 溶湯含浸法
5 おわりに
【第2編 負熱膨張材料とその機構】
第5章 ZrW2O8
1 はじめに
2 ZrW2O8の合成法と熱力学的安定性
3 ZrW2O8の結晶構造
4 ZrW2O8の格子定数と熱膨張率
5 ZrW2O8の負の熱膨張機構
6 ZrW2O8系化合物の構造相転移
7 まとめ
第6章 MgHfW3O12
1 はじめに
2 MgHfW3O12の熱膨張と結晶構造
3 単相熱膨張制御材料(Al2x(MgHf)(1-x))W3O12
4 擬二元系熱膨張制御材料MgWO4-HfW2O8
5 MgHfW3O12系負の熱膨張材料の研究動向
6 おわりに
第7章 磁気体積効果
1 はじめに
2 磁気体積効果の機構
3 スピン揺らぎvs.多重磁気状態:遍歴電子メタ磁性体の場合
4 スピン揺らぎvs.多重磁気状態:フラストレート系反強磁性転移の場合
5 インバー,メタ磁性,マルテンサイト
第8章 電荷移動型負熱膨張
1 異常高原子価と電荷移動
2 ペロブスカイト酸化物におけるサイト間電荷移動と負熱膨張
3 四重ペロブスカイトAA’3B4O12における電荷移動型負熱膨張
3. 1 四重ペロブスカイトAA’3B4O12の結晶構造
3. 2 LaCu3Fe4O12における負熱膨張
3. 3 SrCu3Fe4O12における負熱膨張
3. 4 四重ペロブスカイトにおける負熱膨張の組成依存性
4 Pb,Biを含むペロブスカイト酸化物における負熱膨張
4. 1 バレンススキッパー
4. 2 BiNiO3におけるサイト間電荷移動
4. 3 鉛を含むペロブスカイトにおける電荷不均化と負熱膨張
5 最後に
第9章 異方的な負熱膨張
1 はじめに
2 異方的負熱膨張の微視的機構
3 材料組織の効果
4 ルテニウム酸化物を用いた複合材料
5 おわりに
第10章 人工構造体
1 はじめに
2 代表的なメカニズム
3 均質化法
4 トポロジー最適化
5 最適設計の実施例
6 試作実験
7 まとめ
【第3編 熱膨張制御材料】
第11章 ゼロ熱膨張炭素繊維複合材料
1 はじめに
2 炭素繊維の種類
3 ピッチ系炭素繊維の構造と特性
4 熱膨張係数
5 低熱膨張材の設計と応用
6 おわりに
第12章 負熱膨張性フィラー『ウルテアⓇ』
1 はじめに
2 ウルテアとは
3 ウルテアの特長
3. 1 負熱膨張性の温度範囲
3. 2 安定性(溶融ガラスへの添加事例)
3. 3 安全性
4 無鉛ガラスへの応用例
5 樹脂への応用可能性
6 おわりに
第13章 CERSAT マイナス膨張セラミック基板
1 はじめに
2 CERSATの製造プロセス
3 CERSATの熱膨張特性
3. 1 試料作製と評価
3. 2 CERSATの析出結晶と熱膨張特性
3. 3 マイナス膨張の発現機構
3. 4 熱膨張のヒステリシス
3. 5 結晶構造とヒステリシス
3. 6 信頼性試験における熱膨張の安定性
4 CERSATに実装したFBGの温度特性
4. 1 FBGの温度特性
4. 2 反射中心波長のヒステリシス
5 おわりに
第14章 極低膨張ガラスセラミックスクリアセラムTM-Z
1 はじめに
2 クリアセラムTM-Zの特性
2. 1 ゼロ膨張概論
2. 2 製造方法と均質特性
2. 3 熱膨張特性
2. 4 加工特性
2. 5 形状安定性
3 クリアセラムTM-Zの応用例
4 まとめ
第15章 SmartecⓇ-熱膨張抑制剤
1 SmartecⓇ-製品紹介
2 マンガン窒化物の構造と物性
3 SmartecⓇ製品化の経緯
4 亜鉛系熱膨張抑制剤の大量合成技術の確立
5 SmartecⓇの組成と熱膨張特性に与える影響
6 SmartecⓇ-樹脂複合材料
7 SmartecⓇ-樹脂複合材料の応用例
8 SmartecⓇと金属との複合材料の応用例
9 SmartecⓇの基本物性
10 SmartecⓇの熱安定性
11 SmartecⓇ 今後の挑戦
【第4編 熱膨張制御の実例】
第16章 三次元集積化デバイス
1 緒言
2 三次元集積化技術
2. 1 SiP
2. 2 三次元集積化技術
3 三次元集積化技術の課題―局所曲げ応力―
3. 1 アンダーフィルの硬化により発生する局所曲げ応力
3. 2 回路の動作発熱により発生する局所曲げ応力
4 負の熱膨張係数を有するアンダーフィル用フィラーによる局所曲げ応力の低減
4. 1 シミュレーションによる評価
4. 2 三次元集積化時の曲げ特性評価
5 まとめ
第17章 電子デバイス向け樹脂複合材料の熱膨張制御
1 樹脂材料における熱膨張制御の必要性
2 実際の熱膨張制御のアプローチ
2. 1 シリカフィラー
2. 2 ナノファイバー/ナノチューブフィラー
2. 3 負線膨張フィラー
3 熱膨張制御フィラー複合化時における課題
3. 1 フィラーの電気的特性・誘電的特性
3. 2 フィラー/樹脂材料の比重差
3. 3 フィラーの形態
3. 4 フィラーの表面状態
第18章 固体酸化物形燃料電池の空気極材料の熱膨張と結晶構造―K2NiF4型酸化物の異方性熱膨張と等方性熱膨張の構造的要因―
1 はじめに
2 研究手法
3 結果と考察1:K2NiF4型酸化物の格子定数の熱膨張と原子間距離の熱膨張の関係
4 結果と考察2:K2NiF4型酸化物A2BO4における熱膨張の異方性と等方性はいかにして決まるか? B-O 結合による理解
5 結論と展望
第19章 第3世代低熱膨張フィルター
1 はじめに
2 擬ブルッカイト型構造とチタン酸アルミニウム
3 チタン酸アルミニウム製DPF
4 多孔質チタン酸アルミニウムの微構造制御
5 多孔質二チタン酸マグネシウムの微構造制御
6 まとめ